特集

刊行に寄せて

過去の悲しみは、「今」という努力で全てが宝物に変わる。 長渕剛

彼女は、迷っていた。「私はどうやって生きてゆけばいいのだろう」と。端から見れば「世界の冨永愛」と騒がれはしたが日本の芸能界というジャンルの中で、ただ、うまく使われていく毎日の生活に辟易もしていた。
去年の夏、彼女が倒れた病院に、僕も幾度か見舞いへ行った。憔悴しきった彼女は、高熱の苦しみよりも、心の一端を誰かに聞いてほしい……、そんな想いでたくさんのことを僕に話した。
となりで、彼女の一人息子あきつぐ君がずうっと寄りそっている。心配そうにずうっと。
「お母さん、まだ熱下がらないの?」
「……うん、ごめんね」
とにかく彼女は、終始あきつぐ君に「ごめんね」とくり返していた。母と子が寄りそう姿は、僕の胸にあたたかくも悲しいほどに美しく届いた。
そして、一ヶ月後、この母子を連れ、僕の故郷鹿児島へ飛んだ。友人や後輩たちに連絡をすませ、霧島市にある空手道場にみんなを集合させた。
「押忍! これから、冨永愛とあきつぐ君の再生へ向かって、みんなでいっしょに頑張ろう! 押忍!」
畳のにおいのする、新極真空手新保道場に師範を含め、10数名の友人たちと、結束を固めた。あきつぐ君が初めて、白い道義に白い帯をしめた日だ。
男も女も、母も息子も理屈のない清々しい空の下で、僕は合宿を行った。早朝4時起床、先ずは、小高い山にある傾斜角40度、距離百メートルはありそうな坂道ダッシュを10本行うのだ。
母は、二本目でふらふらになり、吐いた。それでも僕は、「頑張れ!」と背中を叩き、また坂道を下り、幾度も、幾度も登り、駆け上がった。
僕も苦しかった。仲間たちも苦しかった。母である彼女も。
あきつぐ君は……あきらめなかった。
何とか、母子、そして我々仲間たちは10本の苦しみを終え、そこからさらにその山を40分かけてひたすら登るのだ。登山道は、一応はあるものの、さすがに10本の坂道ダッシュの後のそれは、アスリーターでも悲鳴が出るしろものだ。
インターバルをとりながら、「ほら、登れ! ほら、アッキー! ほら、登れ! ほら、愛ちゃん! お母さんとアッキー。アッキーとお母さん」
僕は、仲間たちと心臓が破れそうなくらいの苦しみの中で歌をうたいながら、さらに登った。僕たち仲間と、母子の二人は、すでに山頂を目指す心に変わっている。
「さあ、登れ! さあ、アッキー。 さあ、登れ! さあ、愛ちゃん」
歌は苦しみの中で、さらに強く響いた。母子も遂に歌い始めた。
そして切れぎれの呼吸で山頂に着いたとたん……母子は……、走り出した……。
「うわー!」
「……うわー、アッキー、きれいーっ」
「……お母さん! ……すっゲえーっ」
眼下に広がる錦江湾は、宝石のようにキラキラと輝いている。水平線の向こうには桜島がドーンと座り、モクモクと煙を吐いていた。小さな島がいくつか点在し、空には、鳥が飛んでいる。向こう側に浮かぶは薩摩半島。ぐるりと左に目をやると大隈半島。
山頂の野草の上に、仲間たちも僕も、母子も大の字になった。新保師範が大声で空に向かって言葉を吐いた。
「押忍、この素晴らしい景色はみんなで苦しい想いをしたからこそきれいだ!! と感じます。“苦しい”の後には、必らず、一瞬のしあわせがあります。今日のこの瞬間を我々は絶対忘れないようにしましょう。押忍」
僕たちは、大きな声で、天に向かって吠えた。
「おーす!!」
どんな時でも、仲間がいることを。そして、決して孤独になってはいけないことを、僕は彼女とあきつぐ君に感じてもらいたかった。
それから、たった一年で、あきつぐ君は白、オレンジ、青、黄色へと帯が昇級していった。勇敢に立ち向かう、少年空手家の誕生だ!
母は何よりそれを喜び、子は、母のために強くなろうと必死でけいこに打ち込んでいる。
これこそが愛ちゃん!! 母子奮闘であり、何よりもしあわせなことだね!!
今回、彼女が自叙伝を書くことで、彼女に気づいて欲しかったことは、この一点だった。そして、過去の悲しみは「今」という努力ですべてが宝物に変わるということ。一人息子の中に、「自分」を投影して生きていくことの尊さこそがこれからの自叙伝の始まりなんだと。
そして、静かにつぶやいてみよう。
「僕たちは、生まれた。父と母がいたから……」と。

冨永愛は、わたしでもあり、あなたでもある。 干場弓子(株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン 取締役社長)

十数年前のこと、一冊の雑誌の表紙を飾る、不遜な笑みを浮かべる若い女性に釘付けになった。媚びを拒否し、隠しきれないあどけなさを恥じるかのように細めた目元、上半身だけでもそれとわかる日本人離れした長身。衝撃だった。以来、娘ほど年の違うその人、冨永愛はわたしのスタイルアイコンとなった。

その彼女の自叙伝出版のお話をいただいたのだから、まさに驚喜もの。が、そこで知ったのは、不遜をまとわざるを得なかった彼女の怒り、その怒りを持たざるを得なかった過酷な境遇、そして、ある意味、その境遇以上に過酷なファッション業界の現実だった。

今回、愛ちゃんは、その過酷な境遇、必ずしもほめられたものではないさまざまな心情を包み隠さず語ってくれている。ときに涙しながら、自分自身と闘って。

編集の過程で、何度も愛ちゃんの心の声を聞いた。「わたしを探して。本当のわたしを見て。それでも、わたしを愛してくれる? わたしに居場所はあるの?」

そして、いつしかその声は、わたし自身の声となった。愛ちゃんの語る孤独、不安、怒り、恐れのすべてが、彼女とは比べるべくもない、わたし自身の平凡な人生のさまざまなシーンと重なって、胸が締めつけられた。

すなわちこれは、類い希なるモデル冨永愛の、類い希なる半生の記録であると同時に、誰もが心の奥底に潜ませる孤独、不安、怒り、恐れ、そして、居場所を求め、愛を求める心の叫びそのものなのだ。冨永愛は、わたしでもあり、あなたでもある。

人が真に正直になるとき、他の人もまた、そこに自分自身を見る。そこまで愛ちゃんを彼女自身の深いところへと導いたのは、本書のプロデューサーでもある長渕剛さんだ。何度も何度も書き直しを命じ、自分自身と向き合い、新たに生まれ変わる覚悟を問うた。入稿まで数日というときに、「覚悟がないなら、自叙伝なんて出す資格はねえ。読む人に失礼だ。やめちまえ」とまで宣った。一時は、本気で出版を取りやめさせようと思ったという。

愛ちゃん以上に焦ったのはわたしのほうだが、このようにして、あの、心を痛いほどに打つ作品は生まれているのだと、比類なきアーティスト長渕剛の妥協を許さぬ仕事を知った。

かくして、何度も泣きながらも自分自身と向かい合っていった冨永さんの勇気と、彼女を信じ、再生へと導く長渕さんの大きな愛があればこそ、本書は誕生できた。二人の「天才」との貴重な時間に感謝する。そして、本書を、愛を求め、居場所を求める多くの人々にお届けできることを誇りに思う。